2011年09月10日
伴走者の力

2011年9月9~10日。
「地域仕事づくりチャレンジ大賞2011」という場に参加していました。
全国各地で、変革をつづけるビジネスの現場で若者が挑戦する。
その事例発表の場でした。
その中でも、特に大学生が長期実践型インターンシップによって挑戦する事例として、
東海地区予選を経たG-netインターンOBの酒井さんが発表し、優秀賞を獲得してくれました。
1日目に全国の7地域からの代表者が発表し、
優秀賞を獲得した2人が、2日目の本選に進出するという形でした。
この2人の1日目から2日目の変化。その深さに、ただただ圧倒されるのです。
本当に、1日で何倍もの進化を遂げます。
まさに、その瞬間がこのイベントの最大の価値だと確信します。
自分自身も学生時代(2001年)に長期実践型インターンシップを経験させていただき、
丸10年を経過した今、32歳となった自分が、いまなにをするべきなのか。
その、本質にたどりつくために大切な「何か」を、他地域のコーディネーターさんから教えていただきました。
自分自身のことでいえば、長期実践型インターンシップの持つ、
意味の深さなんて、どこまで掘っても掘りきれませんし、
学生時代にその深堀りする視野を持つことはとても難しいことなんだと思います。
その時代に、その場所で、その師匠のもとで挑戦することの、
本当の意味とか、存在意義のようなもの。
周りの期待や、ふとした声、きこえてくる自分の本音。
挑戦の日常のなかで、限界に達するときに聞こえてくる「静かなる声」。
32歳、押しも押されぬおっさんとなった今、
ようやく少しだけ、自分の学生時代と比べたら本当に少しだけ、
その声に気付けるようになってきたのかもしれません。
言葉にしてしまえば、「そのための問いを発する」に尽きるのですが、
その裏側に、自分自身の10年を全体として肯定し、感謝する気持ちがあり、
必ず、遅くても早くてもそういう時期が来ることを信じて、
臆することなく問いを発する。
今回は、その「伴走者の力」の少し先を見せていただけました。
2001年からの1年は、自分自身が長期実践型インターン生でした。
2011年、ここからの1年は、きっと、自分にとってこの10年の中間成果をだすべき年なのだと。改めて。
ありがとうございました。
2011年05月20日
手紙

拝啓
震災から70日が経過しました。
「人の噂も75日」「良きも悪きも75日」「世のとりざたも75日」
なんていいますので、およそ日本人の時間感覚としては、ひとかたまりの時間が過ぎたようです。
未だに10万人以上の方が避難生活を送っているものの、
震災からも原発からも距離のあった濃尾平野では、
少し汗の出るくらいになった初夏の日差しの暑さが話題になっています。
避難生活の方々が、少しでも早く、心置きなく日差しの話題ができる日を願うばかりです。
さて、手紙を書こうと思ったのは、ちょうど震災のあった頃から、
「悩み」というほど大袈裟ではないのですが、心境の変化みたいなことがあって、
これまた「ご相談」というほど構えたものでもなく、ちょっと聞いてほしいなと思ったからです。
一体、それほどに悩む性質でもないので、急に手紙というカタチなのですが、まぁ驚かないで下さい。
書いているうちに、何となく化学変化があればよいなと思っている位のものです。
結論的には、ここのところ「およそいい調子」だからこそ、
より深い部分のことについて考えることができていて、
ともすると、これを「悩み」と勘違いしそうになるという程のことだと理解しています。
2700年ほどの日本国史の中で、未曾有の異変が起きているにもかかわらず、
「およそいい調子」なんて無神経極まりないのですが、
直接的に被災しなかった人くらいは「いい調子」でいないとなぁとも思うのです。
さて、「およそいい調子」というのを客観的に見ると、
・仕事については、自らの役割と役に立てる場所を得られ、仲間にも超恵まれている状態。
・家族を含めた近しい人間関係にも、これまでになく恵まれている状態。
・将来についてはいささかの心配がないわけでもないけれど、基本的に楽観できている状態。
という感じです。
一方で、体力の衰えを感じることは甚だしいのですが、
この部分についても、衰えを悲観するわけでもなく、
小さな養生を始めるくらいのかわいらしいものです。
なので基本的には、なんら「悩み」のない状態ともいえます。
だからこそと言うべきか、より根源的な「人生」について考えることができているのかもしれません。
あ、書いていて明瞭になりました。
ちょっと人生について振り返ったり、価値観について考えることが多かったようです。
なるほど、すでにだいぶスッキリしてしまいました(笑)。
例えば、日々の学生さんとの面談の瞬間や、お世話になっている経営者の方々とお話しする機会、
そんな時々に、これまでの多少の紆余曲折のあった人生を、まるごと肯定できていて、
だからこそ、「これからの人生も同じようにありたい」と欲張っている状態なのかもしれません。
これは相当に欲張りな悩みと理解できてきました。
しかも、当然ながら、5年後や10年後も今の人生を肯定できるためには、
「考えている」状態が大切なのではなく、前に進むことが大切だということは、
これまでの自分の体験からも得られている教訓のはずです。
10年前、こんな気持ちになれているとは思いもよらなかった。
同じように、10年後も、今の想定を越えた感覚を持っていたい。
1日ずつを、欲張りすぎず、自らに期待しすぎず進んでいこうと思えました。
すっきりしたので唐突ですが手紙を終わりにしたいと思います。
いつもいつもこんな意味もない話を聞いてくださって本当にありがとうございます。
敬具
追伸;今年のイチゴは不作だったようです。また来年に期待!です。
2011年04月12日
色彩。いろどり。

「いろどり(彩)」という言葉には、その言葉自体に「姿」というニュアンスがあるようです。
今日はこの「いろどり」をとても感じることの出来た、よき1日でした。
G-netメンバー同士で相互に、お互いへのフィードバックをする中で、
自らが、いま一度、他のメンバーひとりひとりに思いを馳せて言葉を選ぶときに、
この「いろどり」をとても感じました。
わかりやすく言えば、「なんと多彩なメンバーと一緒に居るのだろう」という有難さ。
しかも、その多彩なメンバーが同じ目標に向かっていることの可能性。
自分の所属する会社をべた褒めするのは恥ずかしいですし、
まだまだできていないことのほうが多いのですが、
率直に、「多彩さ×理念共有=無限大の可能性」を感じるんです。
高校生のころ、なんとなくのってた地下鉄で「世の中は暗い」と感じて、
できるだけ参加できる講演会なんかには参加して、
やっぱりイキイキした人は東京に居るなんて思って、
18歳のときに東京に行きました。
でも、そういう人は、山形にもいたし、いま岐阜にも居るんですね。
すべては、自らのありよう=「姿」なのかも。
よき日をありがとうございます!


